「量子の歌声」

劇団言魂六回公演

「量子の歌声」

作・演出 山口大器

  

日程

20193月29日〜31日 

会場

枝光本町商店街 アイアンシアター

 

出演

濱野貴将(劇団ZIG.ZAG.BITE)・村上滋英 ・山根健輔(劇団ひまわり)

以下、劇団言魂

阿部桃子・池高瑞穂・山口大器 

 


あらすじ

地球から脱出し、数ヶ月。狭い宇宙を彷徨っている。地球に戻るあてはない。やり残したこと、薄れる記憶、恋人との約束……。

ふと、何処からか、歌声が聞こえてくる。それは果たして、心地よい子守唄か、いつか聞いた鎮魂歌か。一体僕たちは、どこに向かっているのか。

 

——これはあくまで、僕たちの物語。


#言魂_計画(北九州若手劇団コラボ企画)

 

劇団言魂 第六回公演

「量子の歌声」

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若宮計画 第二計画

『「好きって思うなら好きって言えばいいじゃん」とかそんな単純な話じゃないんだこれは。』

若宮計画とは……北九州で活動する若手劇団。代表、若宮ハル。

 

同じ北九州で活動する若手劇団で、同じ日程で公演やってるので、コラボ(?)しました。

 

と言っても、普通のコラボとは訳が違います。

ハシゴすると料金が安くなるわけでも(お金ないので)、二つみるとグッズがもらえるわけでも(グッズないので)なく、「情報」をプレゼントします!(?)

 

・勝手に劇評を公開

・稽古場に潜入    ……などなど。

 

北九州の二大若手劇団から、目を離すな!!!

劇団言魂の稽古場レポートを掲載していただきました!ぜひ、こちらのリンクから!

若宮ハルnote(外部ページに移動します。)

 

そして、山口が書く稽古場レポートがこちら

#勝手に劇評!

「量子の歌声」を読んで。

若宮ハル

「地球に帰れたら、また会おう。」というキャッチフレーズの『量子の歌声』。

戯曲を読む前に勝手に浮かべていたイメージは『オデッセイ』や『ゼロ・グラビティ』などの宇宙が舞台のSF映画で、劇評を書くと決まった時、私は正直とても焦っていました。

と、いうのも私はこれまで宇宙系のSF作品にそこまで触れてきていなかったからです。(オデッセイやゼロ・グラビティもあらすじしか知りません、知らないのに例に出して申し訳ない)

それに作家の山口さんはスマートで理系の、頭の良い人という(私の勝手な)イメージがあり、これはもしや、難解で壮大なSF作品なのではないか?!気合を入れて読まねば頓珍漢な事を書いてしまい、「もっとちゃんと読み込んでください」と怒られるのではないか?!と震えながら読んでいました。

 

読み終えた後、私は別の意味で震えていました。何を言ってもネタバレになる予感しかしないのです。それほど、量子の歌声には様々なギミックが仕掛けられてます。やはり、山口さんは頭の良い人なんだなぁ、ととても羨ましい気持ちになりました。

いや、羨ましい気持ちになりました。では劇評としてはまずいので、ネタバレしない程度に捻り出しますと、この作品は私が想像していたような難解で壮大なSF作品ではなかったということです。

 

物語の主軸となる3人は、『五感を取り戻し地球に帰る』という使命を背負っています。五感?そうです、地球は『波』に飲まれて五感を無くしているのです。

3人は宇宙の中で、夢を見ながら少しづつ五感を取り戻してゆきます。

『夢』というものは、脳みそが記憶の整理している過程で見るものだ、という説があります。なので、これは取り戻す、というよりも、思い出す、という方が近いのかもしれません。

 

先日私は、私が幼少期の頃母が付けてた香水の瓶を見つけました。香水自体は劣化して、あの時みたいないい匂いはしませんでしたが、瞬間記憶の中でそのいい匂いが香ってきました。

思い出したのは香りだけでなく、よく母の胸に縋り付き泣いていた自分の姿もでした。

しかし、この匂いも、情景も、いつか本当の意味で忘れてしまうのでしょう。

なんだかこの感覚はとても量子の歌声と通ずるところがあるのではないかと思います。

 

量子の歌声は、難解で壮大なSF作品ではなく、壮大な世界から、もっと身近であたたかな場所に帰っていくようなSF作品なのではと思います。いや、もしかしたらSF作品ですらないのかもしれません。

これ以上書くと、ぽろっとネタバレしそうになるので、後は皆さん是非劇場に足を運んで、自身でご確認ください。

「「好きこれ」について、あれこれ。」

山口大器

「好きって思うなら好きって言えばいいじゃん」とかそんな単純な話じゃないんだこれは。

 

長い。タイトル。なんでこんなに長いんだ、と思うけど、でも、覚えられないわけじゃない。というのも、言いたいこと分かるんすわ。

 

タイトルだけ読んだとき、「ああ、恋愛の話ね。」と僕は思いました。好き=恋愛、みたいな方程式が自分の中にあって、はいはい、と読みました。

でも、作家が考える好きって、もっと広くて、「好き」なんて日本語でまとめられない気持ち、悩みに向き合ってて。そこになにかしらの解を与えるとかじゃなく、その「好き」がすっごく揺さぶられる気がしました。

「好きって、一体何?」みたいなことを考える時期って、それなりに生きていればあって。心を因数分解すればするほど、この解からは遠ざかる気がして。でも、それってこの時代、この世代が抱える問題な気もします。(この時代以外、この世代以外の話はよく分からん。

 

この作品を読みながら僕は昔の恋人のことを思い出しました。

登場人物がね、その恋人とよく似てるんすわ。むかつくんすわ。僕は「好き」って言ってるのに、よく分からんなんて言う。モヤモヤして、でも僕は好きだし。お前、付き合っとるんやろ、みたいな気持ちになって、すれ違い、別れました。(自分語りここまで。)

でね、人って、そういう部分あるんだと思います。人になんと説明されようと、理解できない部分。でも、世界には概念として存在してて、受け入れていくしかなくって。その違和感に押しつぶされそうになって、逆に誰かを押しつぶしそうになって。そんな理不尽がありふれていると思うんです。何か解を与えなくちゃ保てない不安定さ、みたいなものが。

もしかしたら、放っておけばこの不安定さは均衡を保ったまま自分の中に存在し続けるのかもしれません。でも、そうはいかない。ちょっとした出来事でその均衡は崩れ、氾濫して、溺れてしまいます。

この作品でも、「ちょっとした出来事」が起こります。そうして、彼女(?)の物語は進んでいきます。氾濫して、溺れていても、外からは大したことない様に見えたりして、もどかしかったりします。そうして、一つの結末を迎え……てるのか、これは。

きっと彼らの物語はここからも続いていくんでしょう。まだ溺れかけで、藁をつかんだだけかもしれません。でも、そうやって続いていく物語の断片を見て、僕は過去を振り返りました。

そうして、件の元恋人に「申し訳ねぇ」と思いました。それだけで、僕にとって、この物語は大きな意味があったと言えます。

 

あ、本読んだだけじゃ分からないところもたくさんあって(何やら踊るらしい)。なんだよ、まだ全体像が掴めてません。それに一応ライバル劇団だし(同じ日程にかぶせてごめん)。なんだか素直に「面白い」とは言いたくありません。

 

「面白いって思うなら言えばいいじゃん」とかそんな単純な話じゃないよ、これは。



クレジット

主催 劇団言魂

演出助手 瓦田樹雪

舞台監督 岩下祐里奈(Yb(イッテルビウム))

音響 亀井琴絵(インプロ北九州)

照明 関大祐(Mr.Daydreamer

制作 阿部桃子

衣装 池高瑞穂

宣伝美術 山口大器